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公式1959〜1993📍 若葉町1丁目

安部公房 ─ 若葉町で「砂の女」を書いた作家

仙川の高台に暮らした世界的作家

執筆:株式会社SHARE NEST 編集部

戦後日本を代表する作家・安部公房(あべ こうぼう、1924〜1993)は、人生の大半を仙川・若葉町で過ごしました。

1959年(昭和34年)、35歳のときに若葉町1丁目に自邸を建てて移り住みました。土地は、前衛芸術運動の盟友であった勅使河原宏(てしがはら ひろし)から譲り受けたもので、その縁を結んだのは岡本太郎だったと伝えられます。京王線・仙川駅から歩いて10分ほど、国分寺崖線の見晴らしのよい高台に建つ、ル・コルビュジエ風のモダニズム建築で、設計には美術家であった妻・真知(まち)も関わりました。

この家で、代表作「砂の女」や「箱男」をはじめとする数々の作品が生み出されました。1973年(昭和48年)には演劇集団「安部公房スタジオ」を結成・主宰し、新しい演劇の実験にも取り組みました。

1993年に没し、自邸は2014年(平成26年)に取り壊されましたが、跡地は国分寺崖線の緑地保全エリアに近い高台にあります。2024年(令和6年)には地元で「仙川安部公房生誕100年祭」が催され、いまも仙川ゆかりの文豪として親しまれています。